• ラグビーを通じた国際交流をメインに自分の活動を報告しています

Koji Tokumasu 投稿一覧

熊谷市のさわやかな勇断

ラグビーワールドカップを招致していた2004年ころ、私たち招致団はロビイング先で「日本を開催国に!みなさんの勇断をぜひお願いします」と訴えた。代表も弱い、スタジアムにはお客が入らない。当時、極東の国、日本でラグビーワール ...

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プール戦のおもしろさと決勝トーナメント

全国12会場で行われてきたラグビーワールドカップのプール戦。昨日で28試合が終了した。私はこれまで海外で行われてきたラグビーワールドカップを何度か見てきたが、前半の「プール戦」と後半の「決勝トーナメント」では、まったく違 ...

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<オーストラリアからのレフリー少年>

少年の名前はイーサン・パーキン君。西オーストラリアのパースに住んでいる14歳の中学生。きっかけは、先月の中旬、私にメールが来て「ラグビーワールドカップの観戦で日本に行くのですが、もし子どもたちの前座試合があれば、ぜひレフ ...

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<招致の記録⑨>最初の日本支援はオーストラリアから

1回目の招致活動のライバルは、ニュージーランドと南アフリカだったが、勝負のカギを握るのは、2票ずつ票を持っている「伝統国」のどこに支援を取り付けるかということだった。ここで、大きく票が動くからだ。その「伝統国」とは、英4 ...

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<招致の記録⑧>海外メディアの日本招待

ラグビーワールドカップの招致では、海外に出かけてロビング活動をするばかりでなく、海外のメディアを日本に招待して、日本でラグビーがどうプレーされているかを知らせる必要ことも大切でした。なにしろ、当時、日本のラグビーの活動ぶ ...

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<招致の記録⑦>日本代表欧州遠征とロビイング活動

2004年11月の日本代表欧州遠征は、これまでとは全く異なる使命を持っていた。ワールドカップ招致活動の中での遠征だ。もちろん、試合内容や結果も大切だが、各地で接する協会関係者やメディア、ファンに招致をアピールする絶好の機 ...

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<招致の記録④> 奥克彦氏

2003年に起きたことで、ラグビーワールドカップ日本招致を語る時にどうしても欠かせない人物がいる。 2003年のオーストラリアW杯も終わり、招致調査団も帰国した11月30日の早朝、「イラクで日本人が凶弾にあって死亡した」 ...

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<招致の記録③>Brave Blossomsの誕生

2003年にオーストラリアで開催されたラグビーワールドカップは、日本協会がワールドカップの日本招致を計画した始めた年の秋に行われ、招致の原点になる大会だった。向井ジャパン(箕内拓郎主将=写真)の初戦となったスコットランド ...

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RWC2019とコミュニティづくり

本の最終ページに「2012.9.29成田空港にて購入」とメモ書きがしてあったので、この本を海外出張に行く直前に買ったことを思い出した。もう5年半前のことになる。 当時は、まだラグビーワールドカップの開催都市も決まっておら ...

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若手による新たな取り組み・・・小田急電鉄の場合

小さな集いから生まれた大きな一歩。昨年の10月下旬、小田急電鉄の『未来カフェ』という集いにお招きを受け、ラグビーワールドカップ2019のお話をする機会がありました。この『未来カフェ』は、若手社員が自主的に集まって、いろい ...

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