ラグビーワールドカップの招致では、海外に出かけてロビング活動をするばかりでなく、海外のメディアを日本に招待して、日本でラグビーがどうプレーされているかを知らせる必要ことも大切でした。なにしろ、当時、日本のラグビーの活動ぶりは海外でもまったく知られていない状態でした。
写真は、2004年秋、日本の「ラグビースクール」の活動の大切さを知ってもらうために、フランス「ミディ・オリンピック」紙のペンシヴ記者を、世田谷ラグビースクールの練習に連れて行った時のものです。3歳児から様々な年代の子供たちが駒沢大学の人工芝のグラウンドをいっぱい使って練習している姿に、同記者は「ファンタスティック!」を連発していました。「ミディ・オリンピック」紙は同記者が帰国してから10ページにもおよぶ日本ラグビー特集を組んでくれました。
以下は、私が招致当時の2004年に、日本協会のホームページに書いた報告からの抜粋です。(今読むとさすがに15年前の古い記事だと思いますが・・・)
「日本はラグビーワールドカップを開催するにふさわしい土台がある。」これをアピールするために、海外からの主要メディアを数人招待しました。トップリーグの開幕戦には、英国「タイムズ」、フランス「レキップ」「ミディ・オリンピック」。10月上旬には、英国「サンデータイムズ」「インディペンダンス」のラグビー記者が、わが国の国内シーズンを取材に来日しました。
日曜日の午前に視察した世田谷ラグビースクールでは、3歳から15歳まで約90名の子供たちがラグビーの練習に励んでいました。世田谷では、約150人の子供たちが登録。「日本でワールドカップ開催が決定すれば、ラグビー人口は増加するでしょうね。」と、インタビューを受けた同スクールの熊谷校長は期待する。世田谷ラグビースクールに象徴されるように、ラグビースクールはこの国のラグビーの発展に欠かせない存在である。ラグビーの普及はIRBのビジョンでもある。
世田谷ラグビースクールの子供たちのように、五郎丸選手も3歳の時にラグビースクールでラグビーを始めた。12チーム総当り戦のトップリーグは、今シーズンで3年目を迎える。しかし、日本ラグビーにはまだ解決すべき問題がいくつかある。例えば早稲田大学のフルバック五郎丸選手は、19歳で日本代表として4試合出場したが、学生であることから、トップリーグでプレーすることは許可されていない。トップリーグでは、スコット・マクラウド(元NZ代表センター)、トウタイ・ケフ(元豪州代表No8・1999年ワールドカップ優勝メンバー)といった経験豊富な外国人選手が活躍しており、彼らとプレーすることによって、五郎丸選手のパフォーマンスの向上にも貢献するだろう。
ラグビーワールドカップに選手として出場することが、五郎丸選手の夢だ。「いつかプロラグビーに挑戦してみたい。日本でワールドカップが開催されることを望んでいる。その為には、日本代表が強くならなければならない。世界レベルでインパクトを与えることが必要。2002年FIFAワールドカップが開催される前は、日本国内のJリーグや日本代表チームはそれほど人気がなかった。しかし、日韓ワールドカップが成功したことによってサッカー人気はさらに高まった。」
世田谷ラグビースクールを視察した後、海外からの記者たちは、2002年FIFAワールドカップ決勝で使用した日産スタジアムを見学した。このスタジアムは7万2千席を収容する日本最大級の施設で、決勝戦の会場として使用される計画だ。試合会場については、NZや南アフリカと比較しても招致レースでリードしている。会場のサイズとアクセス面を考慮すると、都心から車で30分、新幹線で10分の場所に位置する。その他可動式のスタジアムも2ヵ所も会場として含まれている。
世田谷ラグビースクール、早稲田大学、そしてトップリーグ(東芝ブレイブルーパス対クボタスピアーズ)を観戦取材してもらい、今まさに伸びようとしている日本ラグビーの姿を知ってもらうことができた。