• 徳増浩司のブログ (Blog by Koji Tokumasu)

横浜、釜石、ふたつのノーサイド

横浜スタジアム。ジャパンが決勝トーナメント進出を決め、選手団がバックスタンドに挨拶に行こうとしたとき、突然ノーサイドゲームの主題歌『馬と鹿』が場内に流れた。「これが愛じゃなければなんと呼ぶのか 僕は知らなかった~」。誰がこの曲を選んだんだ、泣けてくるじゃないか。できればそのまま、日本代表を応援してきた曲をどんどんかけてほしかった。「威風堂々」も「楕円桜」も。歴史が変わるということは、それまでの歴史があるわけで、その長い歴史を大切にするからこそ、新しい時代の価値が出てくる。スタジアムで観戦していた日比野さんや白井さんたちも、みんな涙していた。

横浜の観衆は、静岡でアイルランドに勝った時の観衆に比べて、最初は少し静かだったような気がした。台風の直後ということがあるのか。初のベスト8進出がかかり、サポーターたちも緊張していたのか。アイルランドの時には「格上を倒す」というチャレンジャー精神だったが、この日は「勝つことが義務付けられている」ような立場。そうするとどうしても気持ちが少し緊張しがちだ。

ジャパンがその「勝たなければならない」というプレッシャーに打ち勝って、真っ向勝負で勝ち切った。「日本にワールドカップを持ってこよう」と動き出してから16年。みんなの力が結集して、自国開催でとうとう初のベスト8入りを成し遂げた。日本ラグビー最良の日と言っていいだろう。

しかし私自身は、木曜に2試合の中止が発表されてから、ずっと気持ちの整理がつかないでいた。「ひとりでも多くの人に試合を見てもらいかったのに」という気持ちだけだ。なかには、イングランド対フランス戦のためだけに2泊3日でロンドンから来ていた友人もいた。ラグビーワールドカップの招致を担当した人間としても、申し訳ない気持ちになった。

さらに昨日、釜石の試合が中止になったときには、なぜ釜石にまで台風が・・と心のやり場がなくなってしまった。「釜石の人たちを応援するだけでも行く」と前日に長距離バスで向かった長男・航平から一枚の写真が届いた。キックオフの時間に合わせて市民が大漁旗を持って釜石鵜住居復興スタジアムに集まっている写真だ。気持ちは痛いほど伝わってくる。釜石がラグビーワールドカップの開催都市に立候補したとき、市民たちが寒風すさぶ中を学校跡地に立ち「ここが開催予定地です」と大漁旗を振り続けたエピソードは有名だ。それを見たワールドラグビーの視察団が「ここで開催することには意義がある」と踏み切った。

きのうは、試合のできなかったカナダ代表が現地でボランティア活動をしたという知らせが入った。ラグビーとはなんというスポーツだろう。そのあとに、桜庭吉彦さんのfacebookの書き込みを読んだ。「ラグビーワールドカップ釜石開催の中止、残念でなりませんがやむを得ない判断だと思います。釜石開催はノーサイドですが、やれることはやりました。気持ちを切り替えて、この試合開催に携わった全ての皆さんと讃え合いたい想いです」

横浜と釜石でのふたつのノーサイド。おかれた立場は全く違うが、共通していたのは桜庭さんが言った「やれることはやりました」ということではないだろうか。短い中にも、これだけ深く決意のこもった言葉は聞いたことがなかった。喜びは悲しみともとなり合わせている。でも、前を向いて歩いていく。それが大切だ。