• 徳増浩司のブログ (Blog by Koji Tokumasu)

RWC2019の記憶④拍子木と和太鼓(下)

 両チームの選手が入場する前にぴんと張りつめた緊張感の中で「カッ、カッ」という拍子木が鳴り響き、続けて「ドドド・・・」という和太鼓が始まる。これから始まる80分間の戦いを前に、いても立ってもいられなくなるような興奮がスタジアムを包み込みました。
 あの素晴らしい和太鼓の場内演出の背後には、どんな苦労やエピソードがあったのか?今回は、現場演出を担当した電通・グローバルスポーツ局の伊藤克成さんに教えていだきました。伊藤さん自身も岐阜県立関高等学校でラグビーを始め、同志社大学ラグビー部に所属しましたが、けがで3年生の時に退部。社会人になってからはタマリバクラブを経て、現在はくるみクラブでプレーするラガーマンです。以下は伊藤さんからいただいたメッセージです。

「私が担当したスポーツプレゼンテーションは、観客の入場から退場までの会場内の全ての演出を担当するのですが、その中でも最も熱狂的な瞬間が選手の入場シーンです。私たちは大会の2年前から構想を練ってきました。
 過去のRWCはもちろん、6Nationsやラグビー・チャンピオンシップの演出も参考にしました。自分自身も2011年と2015年大会を現地で視察していましたので、あの瞬間の観客の盛り上がりを想像すると胸が躍り鼓動が速くなる思いがしました。会場にいる観客はもちろんのこと、TVで観戦する世界中の視聴者にも現地の熱狂が伝わる演出が必要だと感じました。そして、日本ならではの演出をする事で「日本の文化を世界にアピールする」機会にしたいとも考えました。そのような事から、「和太鼓の持つ勇壮で荘厳な音色を演出の中心にすえる」という考えに至りました。

「このアイデアを、ビジネスパートナーであるオーストラリアのGreat Big Events社のGreg Bowman氏に相談しました。2007年大会と2011大会のラグビーワールドカップの場内演出を担当した人物で、この分野におけるパイオニア的な存在です。2011大会ではマオリ族の男が貝を吹いて選手を迎えるというシーンがあり、その国の伝統的なアイコンを入場演出に加えるのは大きな意義があると賛成してくれました。その後のリサーチでも、海外の方は「和太鼓」という日本独自の楽器に非常に興味を持っている事がわかりました。

「そして大会の1年前、2018年10月27日に横浜で行われたブレディスローカップで和太鼓の入場演出を試してみました。プロの和太鼓集団「彩」のメンバー約20名に協力を頂いて、選手の入場シーンを演出しましたが、正直なところ今ひとつ盛り上がりに欠けた印象でした。原因を検証したところ、選手のロッカーアウト~選手入場~選手整列までの一連の一体感が欠けていたというものでした。単純に和太鼓を叩き音を響かせるだけでは、せっかくの音色も台無しになってしまう事がわかりました。ただ、オールブラックスの選手もワラビーズの選手も大太鼓を見て写真を撮ったり、興味深そうにリハーサルを見つめていたのには、和太鼓というアイテムの手ごたえは感じました。

「こういう反省から、選手がロッカーアウトして整列をするまでには音楽が重要だと気付き、和太鼓をベースにした「オリジナルアンセム」を作ろうという事になりました。ここでもやはり日本の文化を考えたのですが、日本の代表的なコンテンツとしてテレビゲームが挙げられます。そこでテレビゲーム音楽制作の第一人者である下村陽子さんに作曲の依頼をしました。

 彼女の代表作は「ストリートファイター」「ファイナルファンタジー」「キングダムハーツ」など、世界中で楽しまれているヒット作品を手掛けています。当初、下村さんには戸惑いもあったようでしたが、実際にお会いしてラグビーワールドカップの魅力やこの入場シーンの重要性、下村さんの音楽の必要性を説明したとろ、非常に共感をしてくださり、あっという間にデモが完成しました。
 初めてデモを聴いたとき、そこにいたスタッフは全員鳥肌が立ったほどラグビーの世界観を見事に表現していました。後日、下村さんは「これまで手掛けてきたゲーム音楽も「バトル」を意識して作曲してきたけど、ラグビーも「バトル」でしょ?一緒だなと思って」と笑顔で仰っていました。こうして、オリジナルアンセムを軸にしてその上に和太鼓の演奏を重ねるという演出が決まりました。

 あとは、この演出をしっかり見てもらうためのアテンションをどう作るか?という問題があり、そこで、大相撲では土俵入りの際に「拍子木」を打つことを思い出し、始まりの合図、場を清めるという日本文化である拍子木を選手入場前に打つという最後のピースが揃いました」。

それにしても、先に和太鼓で生演奏をしているところへあとからBGMを入れるのは、実際にはどうやっていたのか。伊藤さんからは「極めてアナログなのですが、リハーサルを重ねて、現場で演出サイドから演奏者に合図を出してタイミングを合わせました。大太鼓が大きく3回なったらそのタイミングで音楽を入れ、あとは演奏者がテンポを合わせて続けました」。そして「各開催都市ごとに地元の太鼓演奏者を探すのが大変でした。そのために様々な大太鼓の種類を使用していますし、奏者に女性がいたり、子どもがいたりするのもそのためです」と説明してくれました。

 和太鼓グループ「彩」の奏者でもある齋英俊さんからもメッセージをいただきました。2005年、東京大学で結成された男性のみの和太鼓集団で、2013年からプロとして活動しています。「ラグビーワールドカップという世界的なイベントで演奏することができ、とても光栄でした。和太鼓に応援の想いをのせ、選手の皆様からもパワーをいただきながら、演奏させていただきました。今シーズンはコロナウイルスの影響で中止となりましたが、トップリーグでも熊谷会場で引き続き演奏をする予定でした。 来シーズン以降も、熊谷会場にて演奏を続けていきますので、ラグビー×和太鼓をどうぞお楽しみください。引き続きラグビーを全力応援します! 」という力強いメッセージでした。

 このように、和太鼓の入場演出ひとつだけとっても、舞台裏では実に多くの人たちの想いと情熱、周到な準備と計画があったラグビーワールドカップ日本大会。だからこそ、私たちはあれほどまでに感動させられたということを教えてくれるエピソードでした。最後に組織委員会セレモニー部長の熊谷さんの言葉で締めくくります。「宝物の様な時間でした。人生で感じた事の無い様なプレッシャーや困難も、今思えば全てが素晴らしい時間でした」。

(本原稿のPart 1はこちらです)⇒http://kojitokumasu.com/archives/1478

準々決勝、和太鼓が演奏される中を入場する日本代表と南アフリカ代表フィフティーン