• 徳増浩司のブログ (Blog by Koji Tokumasu)

『ウェールズへの道』 05 ロンドンでラグビーを体験する

(これまでのあらすじ)1977年9月、私はウェールズへの渡航を計画し、日本から32時間かけてコペンハーゲンへ。北海を渡ってイギリス、ロンドンに到着した。

今日はロンドン3日目の朝。格安のアブコンホテルを抜け出して、ロンドン北部のリージェンツパークの近くにあるISH(インターナショナル・スチューデント・ハウス)に移った。さすがに5人1部屋のアブコンホテルではあまり気を抜くこともできず、長居はできなかった。でも、3日間で合計15か国以上の人たちと交流できたことはよかった。移動するときはいつもブルーのバッグパック1個を背負って歩く。

ユースホテルはどこも満員で、やっと見つかったのがここISHだった。1泊朝食付で4ポンド(2,000円)と、値段は倍になったが、2人1部屋で図書館などもある豪華な設備がなかなかだ。近くにあるリージェンツパークに行ってみて驚いた。総面積は166ヘクタール というから、なんと東京ドームの35倍の広さ。公園内には400種類、30,000本以上のバラが咲く庭園や、野外劇場、運河、スポーツ施設、学校までがある王立公園だ。(写真)

東京ドームの35倍の広さがあるといわれるリージェンツパーク。この航空写真はそのほんの一部。

ISHの食堂で夕食を食べていると、いきなり「あなたは日本人ですか」と日本語でたずねられ、びっくりしたら、ロンドン大学で日本語を勉強しているマーチンという青年だった。いろいろと話がはずみ、今回の渡航で、デンマークのフィン君に続き、2人目の友達になった。

今朝、シャワーを浴びようとして自分の太ももがあまりにもほっそりしているのにガックリ。渡航期間を伸ばすための最近の節約生活の影響か、体力も低下気味。何か非常に疲れていて、その後、図書館で5時まで本とかを読んでいたけど、目がチカチカして、さっぱりだった。それで気分を新たにしようと、近くのリージェンツパークに行ってみた。小学生くらいの男の子たちが二人でサッカーをやっていたので、一緒にボールを蹴って遊んでみた。それにしてもどこに行ってもサッカー。このロンドンには、ラグビーというものが存在しないのか。

そのあと、公園内をグルグル回ってみたけど、集まってくるのはサッカーの連中ばかり。あきらめてもう一走りして帰ろうかな思ったその時だった。やってきました、ぞくぞくと。

イングランドに来て6日目にして初めて目にするラグビーボール。真っ白いボールをクルクル、スピンパスなどして・・・。ぱっと見で「ああこれじゃあレベル高そうで、一緒に入るのはムリかな」と思っていたら、20代らしき青年が、“Join us!”と笑顔で声をかけてくれた。聞いてみると彼はキャプテンで、デビッド・トーマス(David Thomas)、通称デイブという。ハムステッド(Hampstead)というクラブチームで、平均年齢25歳ぐらいだ。昼間は働いているので、練習は火曜と木曜の午後6時半から8時半までやっているという。

総勢30人は集まっただろうか。2つのブロックに分かれて、それぞれでタッチラグビー。自分も入ったが、結構やれたし、トライもした!みんな、それなりにノックオンはするし、イングランドと言ってもたいしたことないなあ・・と思い始めた。でもタッチラグビーも30分以上も休みなしでやるとさすがにグッタリ。

驚いたのはそのあとのラインアウトの練習だ。両ロックのケツのでかいこと。僕はライウンアウトで3番に入ったが、運よくボールを取っても、あっという間に押しつぶされてしまい、上に乗られると窒息しそうだ。日本では経験したことのない体圧。ラインアウトだけで20ほどサインがあり、思ったより組織的だ。みんなの練習態度にも感心。キャプテンがキビキビと合図をかけていき、悪いところをその都度指摘していく、一瞬の無駄もない練習だ。

続けてフォワード、バックス分かれてのユニット練習。自分は元々フランカーだったので、フォワード練習に参加。まずはスクラム。8人ずつでガチンと組んだら、そのままずっと組み続け、なかなかブレークしない。そこにぽんぽんボールを入れていくスクラムハーフ。続けてモール練習。2チームに分かれてガンガンぶつかり合う。そして、仕上げにラインアウトからモールへの連続練習。

 最後は、真っ暗な中をみんなで横一列に並んでウォーク、ジョッグ、ダッシュの連続・・・キャプテンが「We walk!」というとみんなで歩く。「We walk!」「We jog!」「We run!」という具合だ。そして数々の筋トレメニュー。たっぷり2時間あまりを使いこなしただろうか。終わるころには、ずっと向こうのロンドンの夜空にポストオフィスタワーのネオンがきれいに見えた。あの光景は忘れがたい。久しぶりに味わう爽快感。

今後の土曜には試合があるらしく、僕も応援にいくことになった。その試合のあとは、あのトウィッケナムでライオンズとバーバリアンズの試合がある。ハムステッド…とうとうイングランドでラグビーができたんだ。この日は宿舎のISHに帰ったあとも興奮していた。

9月9日(金)

翌日はロンドン観光。マダム・タッソー館(蝋人形館)とプラネタリウムに行ったが、なぜか非常に疲れていて、あいかわらず目も痛い。この日ももしかしてラグビーに出会えないかと、リージェンツパークに行った。

ラグビーはやっていなかったけど、きのうサッカーをやっていた男の子にまた会った。彼の名はスティーブンで10歳。将来の夢はプロのサッカー選手になることで、とにかく練習熱心。一人で黙々とやっているので、またもやその練習に付き合うことになった。僕はこの公園が好きだ。鳥が飛び立ち、リスが足元までやってくる。地平線に消えゆくような緑の芝生のじゅうたんに人影もまばら。夕陽を浴びた照り返しがまばゆい。

9月10日(土)。パン職人のストが長びいていて、もう4日もパンを食べていない。これもロンドンの一断面か。パンなしの朝食を取ってすぐに教会に向かった。教会がハムステッドのクラブハウスを兼ねている。みんながぼつぼつと集まってくる。10代も何人かいるが、ほとんどが20代という若いチームだ。

車に分乗して試合会場のロンドン病院のグラウンドへ向かった。2面のグラウンドを使って、1軍と2軍が同時に試合をする。僕は試合前のひと時を楽しもうとビールを飲んでいたら「おい、お前も出るんだぞ」と呼ばれてびっくり。スパイクもないし、ビールも飲み始めてしまったよ。が結局、メンバーが遅れて到着して、試合には出ないことになった。ホッとした気持ちと、やっぱり出たかったなという気持が半々。

試合は両チームともハムステッドの負け。フォワードの動きが悪く、バックスもトップスピードに乗り切れない。タックルも高い。「これならオレでもやれたな」・・・と思ったぐらいだ。それにしても相手のロックのデカいこと。あの巨体にタックルに行くにはかなりの勇気がいるとも思った。

試合が終わっていよいよトウィッケナムへ。ところが道路が混んでて、車がなかなか進まない。スタジアムの入り口に駆け込んだときはキックオフの直後。しかし、そこからなかなか客席にたどり着けない。西側の立見席だ。それにしてもなんという人の大群・・・。こんなにたくさんの人が集まったのを見たことがなかった。

ライオンズ対バーバリアンズのチケット。立見席で2ポンド(1,000円)だった。

緑の芝生の上では、赤いジャージの「ブリティッシュライオンズ」(現在は、ブリティッシュ・アイリッシュ・ライオンズ)と、白黒ジャージの「バーバリアンズ」が戦っている。私は自分がその場にいるという現実をにわかには信じられなかった。ライオンズは、4年に一回の南半球遠征のために編成され、通常は海外でしか試合を見ることができないのだが、この年1977年は、エリザベス2世のクイーンズジュビリーイヤー(在位25周年記念年)で、この試合が特別に実施された。

「ライオンズ」はイングランド、ウェールズ、スコットランド、アイルランドから選ばれた最強チーム。そして、「バーバリアンズ」はフランスも含めた北半球のオールスターチームで、そのモットーを「自陣からも展開するランニングラグビー」としている。

2年前に私が花園ラグビー場で見たウェールズ代表のスクラムハーフのガレス・エドワーズとスタンドオフ、フィル・ベネットがいる。ウイングのジェラルド・デービス、フルバックのJPR・ウイリアムズらがいる。それどころか、”ポンティプール・フロントロー”といわれたグラハム・プライス、イングランドのフッカー、ピーター・ウイラー(のちのイングランド協会会長)、ロックのビル・ボーモント(現在のワールドラグビー会長)らに加え、フランスからはあのジャン・ピエール・リーヴやNO8のバスチアらも参加している。レフリーはスコットランド協会のノーマン・サンソン氏。

 スタンドに着いた時には、ちょうど、フィル・ベネットがPGを狙おうとしていた。すると場内からはBoo! Boo!の声が。ファンたちは、ペナルティでも蹴らずに回すことを要求していたのだ。双方のプレーヤーの腰の低いことが印象的。特にフィル・ベネットなどは、ボールを持つと芝生の上を這っていくような低さだ。試合は23対14でライオンズが制したが、私自身はもう興奮しすぎてか、あまり内容のことを覚えていない。

 スタンドに目をやると、みんなビールを手にしていて、中には酔っぱらって歌いだす連中もいる。気が付いた時には試合は終わっていた。それからが大変だ。ファンがどっとグラウンドへなだれ込み、みんな少しも帰ろうとしない。中にはその場で眠り込んでしまう者、トランプを始める人たち、集まって飲み始める連中、歌う人たち、日向ぼっこする人・・・これは一体なんだろう。

外のパブではみんな次から次へとビールを買い、試合が終わって1時間半たっても、少しも人が減っていかない。それどころか、今度は選手たちのサインをもらおうと黒山の人だかり。売店ではアクセサリーやレコードまで売られていて、こうなったら一種のお祭り広場だ。外の駐車場では、車の後部トランクにウイスキーセットを載せていて、椅子を取り出して飲み始める人たち。これが、本場イングランドの人たちのラグビーの楽しみ方なのか。

ライオンズ対バーバリアンズのメンバーをメモ書きした当時の日記帳より。英国ではフルバックが先に表記されている。

ロンドンに来てちょうど1週間。お目当ての試合も見れたし、いよいよ明日からウェールズに行くことにしよう。もう9月も中旬。これから本格的な冬が訪れて動きたくても動きづらくなる。まずは、ウェールズに行き、そこから先のことは、また考えよう。これまでの生活費を計算すると、宿泊費など全部込みで、一日に平均4,200円も使っていることになる。コペンハーゲンの物価高も響いているが、これだと、単純計算で、11月末にはもう帰国しなければならなくなる。せっかく6か月の滞在許可を得たのにだ。早く手を打とう。明日の出発にそなえ、BTA(英国観光協会)に行って、”Where to stay in Wales“(ウェールズ宿泊ガイド)をもらってきた。

ロンドンを去る前にもう一度書いておきたいのが、リージェンツパークから見た夕陽の美しさだ。リスが遊び、野鳥が飛び交い、20近くのサッカーグラウンドと、たったひとつのラグビーグラウンド。しかし、このうねった芝生の広さは一体なんだろう。山もなく、いつまでもまぶしく照りつける夕陽に向かって永遠に続いていく野の芝。そこに、人は、いない・・・。

コペンハーゲン、ロンドンに続き、いよいよ明日からはラグビーのメッカ、ウェールズに乗り込む。カーディフでは一体どんな生活が待っているんだろう。