• 徳増浩司のブログ (Blog by Koji Tokumasu)

子どもたちに “おもしろい”ラグビーを

(本投稿は、2017年1月に発行された「光文書院」の『こどもと体育』から再録したものです。インタビュー談話をまとめた形で発表されました)

光文書院の『こどもと体育』(2017年1月)より

■子どもの自主性を高める環境づくり

コーチングは,いわゆるティーチング=教え込みとは違い,自分から回答を出させる環境づくりをすることが大切です。ある程度の原理を教えたら,原理をどう活かすかかという点に関しては子どもたちに「自分で考える」機会を与えてあげる必要があります。教えるだけでは受動的になり,子どもたちは伸びません。

短期間で結果を出そうとすると教え込んだほうが早いので,指導者はつい教えたくなります。これはいつも悩むところで,私自身も試行錯誤した経験があります。イギリスから帰国してすぐの頃の話ですが、私は中学生たちにいろいろなサインプレーを得意になって教えたことがありました。しかし,生徒たちは「ぼーっと」した顔で聞くだけで「こっちは一生懸命やって いるのに何だろう?」と感じていました。その後, 教え込みをやめて子どもたちに話し合ってサインプレーを考えるように伝えたら,子どもたちの考えてきたサインプレーの中には私がイギリスと学んだ案と同じものがいくつもあって驚きました。それなら私が「こうやれ」と言ったサインプレーをやるより,自分たちで考えたプレーをやるのとだったら、絶対に自分たちで考えた案の方がおもしろいですよね。つまり、たどりついた「結果」は同じでもそこにいく「プロセス」を変えて、そこに子どもたちが参加するようにした「方が、何倍も楽しいし、身につくということです。

子どもたちが自分で考えたときに「よくやったね」というそのひと言があれば子どもたちが伸びるんです。こういった 経験から,教えたいことを少し我慢するということも、コーチングには必要だと気づきました。 間違っているスキルがあれば,もちろん修正してあげる必要はありますが,最初から答えを示したらそれしかできない。先生がモデルになると, その先生を超えることはありません。子どもたちが自主的に頑張りたくなるような環境をどのくらいつくれるか。私はこの環境づくりこそが,指導 者の仕事であると思っています。

 例えば,練習中にただ普通にアタック&ディフェンスの練習するよりも、攻撃側のチームに「さあ試合終了まであと残り1分しかないぞ。僕たちは10対12で負けている。さあみんなどうする?」と問いかけると,そこに試合と同じような状況が出来上がります。そういうリアル感のある状況を練習でつくると,子どもたちはどうしたらよいか自分で考えるので,集中力も高まります。こういう練習をすると試合で同じ場面になったときも強いですし、練習中も子どもたちの顔つきが違うんです。 コーチングは生ものですから,いくらいい練習方法を持っていても,そのときの子どもたちの様子を見て判断しなければなりません。指導者自身も柔軟な考えをもっていなくてはいけないし、まずは指導者本人が練習そのものをおもしろがっていることが大切です。

私も,ストーリーづくりをしようと最初から考えたわけではなく,どうやったら モチベーションが上がるだろうかと考えた結果が、こういう練習につながりました。 でも言うのは簡単ですが,実行するのはなかなか大変です。コーチングは指導者にも集中力がすごく必 要なので,1時間半の練習をやったら,コーチは クタクタになってしまいますね。 でも,コーチングはやっぱりおもしろい。 自分がいろいろなところで得られた経験が,明日にで もすぐ取り入れられますから。うまくいかないときがあっても、今度はこうしてやってみようと工夫することで,自分自身も磨かれるんです。

■コーチングで大切にしたいこと

指導者としての経験から,コーチングでモットーにしていることは,まず,集団スポーツであっ ても「個人」に目を向けることです。集団スポーツではつい、みんなに同じことを求めがちですが,「個性=ひとりひとりの違い」を把握して,その子に合ったプレーを させてあげることが大切だと思います。 また,練習をするときの集中力も大切です。集 中力を持続させるためには,短く区切り,テーマを決めて練習します。例えば学校の45分間の授業でも同じですが、10分,15分くらいで小さなブロックをつくって,子どもたちの集中力が途切れないようにしますよね。集中力の持続にはモチベーションが深く関係するので,興味 をもたせることがコーチングの基本になります。

もう一つ大切なのは、失 敗を恐れてはならないということです。ラグビーは,失敗を恐れるとリスクのないプレーになって しまいます。そうすると創造性がなくなり,結局 ワンパターン化してしまいます。型にはまるとその型は二度と破れなくなる。1回自由にした子を 型にはめるのはいくらでもできますが,1回型にはめた子をほぐすことはなかなかできない。失敗してもいいからどんどんやってみよう,というメッセーージを出すことが大事なポイントだと思います。

■「パスでつなぐ」ラグビー

ラグビーは運動に縁がない子であっても,ある 程度プレーできるスポーツです。中学のときに別のスポーツでレギュラーになれなかった子が,高校で新しいスポーツにチャレンジしたいと言って始めるケースもあります。中には足が遅い子だっていますが,15のポジションがあれば,遅い子は 遅い子なりの役割ができるのがいいところです。 ズバ抜けてうまい子がヒーローとして活躍するのではなく,みんながお互いを尊重し,自分の役割を果たすことができるのが他のスポーツとの違いかもし れません。

こういった点からも,ラグビーは教育的なスポーツだといえると思います。 例えば,先日ラオスで「PASS IT BACK」というプログラムを視察してきました。スポーツの経験がないラオスの貧困地域の子どもたち、とくにスポーツ体験が生まれてから一度もないといわれている10代の女の子たちを対象に, タグラグビーを通じて社会や地域での自分の役割, スキルを身につけてもらうという内容です。子どもたちは,ラグビーというスポーツのあり方を通じて,社会でどのように生きていくか,例えば助 け合いや責任といったことを学びます。そのとき,ただ言葉で「助け合うことが大事だ」と言っても全くピンとこないんです。でも、タグラグビーのゲームを通じて,「パスするということは味方を信じること、仲間を大事にすること」の大切さを子どもたちは学んでいきます。パスをもらうためにも、味方のために、いいポジションについていなければなりません。ラグビー を教育の手段として使う考え方を,今後は日本にも広げていけたらと思っています。

小学生に関していうと,大人のラグビーの 試合を見ても,あまりモデルにはならないと思います。 大人がプレーするラグビーは,タックルや密集プレーなど体を激しくぶつけるプレーが目立ちます。一方で小学生は敏捷性がいちばん伸びる時期なので,ラグビー では相手がいないところ(スペース)に素早く走り込んでいく動きを身につけさせることが大切です。すべてのスポーツにいえることだと思いますが,小学生の資質に合ったことをやらなければ,能力は 伸ばせません。ボールを持って走れるだけ走り,手から手へパスでつないでいく。パスで相手を抜くには判断力も重要になります。今までのスポーツとは違う要素がある点が,小学校で タグラグビーが取り入れられた理由だと思います。

日本では,2019年にラグビーワールドカップが 開催されます。それまでに全国の小学校にタグラ グビーを普及させて,子どもたちに1回でもボールを触ってもらえればと思っています。タグラグ ビーの経験があることで,子どもたちのワールド カップへの関心を高めることができると考えるか らです。 ラグビーワールドカップは,日本全国12の都市 で開催され,世界から20チームが参加する,日本 のスポーツ史上最大規模の大会となります。

また, ワールドカップの翌年には東京オリンピックが開 催されます。国際交流という点でも,この2大会 が子どもたちにもたらすものは大きいと思います。 7人制ラグビーが今年のリオオリンピックから 正式種目に採用され,日本でも盛り上がりをみせ ました。私はアジアラグビーの会長として,ラグビーというすばらしいスポーツを多くの人に知って楽しんでもらうべく,日本やアジアでの普及に一層力を入れたいと考えています。その中でも, 小学生にプレーをしておもしろい,見ておもしろいラグビーを普及することが,今の私の使命だと 思っています。いろいろな子どもたちが楽しめるラグビーというのは,パスでつなぐラグビーです。 タグラグビーならそれができる。いろいろな人に ボールをまわす全員参加のラグビーのほうが,見ていても楽しいですよね。“強い”ラグビーでは なく“おもしろい”ラグビーを,子どもたちに伝 えていきたいです。(談)